適応障害と診断されてから1か月間の感情の変遷の話part1
おはようございます。
実は、今日で私、柚紗雪が「適応障害」と診断されて1か月経ちました。
そして、最初に言われたとりあえず1か月の休暇も終わろうとしております。
まぁこれにかんしては2度目の診察で7月末まで休暇は延びたのですが。
2度目の診察の記事はコチラ↓
今日はこの1か月間の感情の変遷を自分のためも含めて振り返ってみようと思います。
~最初期~
プッツンした日は、終始おびえていました。
「適応障害」だとも何だとも分からないけど、自分の精神は壊れている。水はとっくに溢れている状況でした。
なにせ、大きいものが全部怖かったです。
大きな声、大勢の人、明るい光…
あとは、手足が上手く動きませんでしたし、頭が働きませんでした。
文字や言葉が出てこない、書けない。
足がもつれる、フラフラして転びそうになる。
みたいな感じでした。
翌日、大学病院に行ったときは、受付用紙を何回か書き間違えました。自分の名前の漢字が書けなかったんですよね。
待合室でもビクビクしてました。
それで、診察をうけて「適応障害」と診断されて、1か月の休暇を出されました。
その後はすごいホッとしたのを覚えています。
自分はこういう病気なんだ、適応できなかったんだ、と分かってすごい心が楽になった記憶があります。
やはり、「具合は明らかに最悪だけど、なんだか分からない」という状況がすごい怖かったんでしょうね。
少しホッとしました。
ただ、職場への連絡はすごい緊張して、泣いてしまいましたが(笑)。
~1~2週間くらい~
この時は、主な感情は2つでした。
・職場への罪悪感
・嫌な環境からの解放感
なんというか、このときはまだ長期の夏休み休暇をとっているくらいの感覚でした。
なので、私の場合は解放感が強かったですね。
もちろん、職場の電話の多い時期にいなくなったこと、私担当の職務を誰かに押し付けていることへの罪悪感はありましたが、すいません、解放感が強かったです(笑)。
その裏には、私が何人か精神にかかわらず、休暇に入る人を見送ってきた経験があったからだと思います。超エース級だと困りますが、それでも1人いなくなったくらいで、そんなに疲弊しないことは何となく感覚として理解していましたので。
ただ、身体的には、頭痛と微熱みたいな倦怠感、ダルさというのはありましたね。
~それでも感情的には…~
先ほど解放感が強かったと書きましたが、それでもやっぱり、罪悪感なり不安感が押し寄せることは多々あって、
この2週間の間に数回泣きじゃくりました。
そのうち2,3回はちょっとした過呼吸状態になってましたね。
なので、
週1回くらいのペースで過呼吸は喰らってました。
この頃は、割と元気な日が多かったのですが、それ以外の日は、1日中ぐったりしてほぼ動けない日もあり、1日の中で感情が大きく揺れ動く日ありという感じでした。
~まとめ~
・正式に診断されるまで、本当に怯えていた。ヤバいことは分かっているんだけど、なぜ、なにが、ヤバいのか分からなかったから。
・初期は、自分は罪悪感よりやや解放感が強かった。
→段々逆転していきます(笑)
・頭痛と体のダルさは毎日あった。
・1週間の内、元気な日が2~3日、感情が揺れ動く日が2~3日、1日中ぐったりな日が1~2日という感じだった。
・自分の場合は、症状として涙もろくなった。涙が止まらなくなって、酷いとそこから過呼吸になった。
ということで、この後、感情が大きく変化する後半2週間は明日にしようと思います。