どうして適応障害は「障害」とつくのだろう
こんにちはーぶてぃー。
柚紗雪です。
適応障害と診断されてからもうすぐ1年。
そして、お風呂上がりにふと思ったこと。
どうして、適応障害には「障害」と付くのだろう…と。
たまたま、その環境に適応できなかっただけなのに、「適応障害」という字面を見ると、まるで何にも適応できないみたいじゃないかと思えたりする。
そう、すべてに適応することに障害があるみたいに。
Aのところに適応できなくても、Bでは普通に生活できるもの。
私だって、今回異動したところで4つ目の部署だけど、メンタルやられて病んだのは前の部署だけ。
と思って、厚生労働省のHPを見ると、
適応障害とは、ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。
適応障害|病名から知る|こころの病気を知る|メンタルヘルス|厚生労働省
より引用
だそうです。
つまりは、社会的機能を発することに障害がある、という意味なんですね。
これは知らなかった。
確かに、適応障害初期は、社会的な人間としての体を成していなかった。
生きているだけのヒトだった。
まさに、私は適応障害だった。
適応障害と診断された日からずっと思ってたんです。
適応障害って言われて、俺は何の障害があるんだろう…?
28年間気付かなかったけど、なに?人よりも何かに適応することに障害があるの?
そんな風に思った時もありました。
まぁでも、確かに自分が潰れた環境に平気で適応している人が多数いるのもまた事実。
別に良し悪しではなくて、その考えは自分の中で、捨てちゃいけないな、と思っています。
ただ、きっと、その人が適応しにくい環境で私やあなたが平気で適応できる可能性があるのもまた事実。
あくまで、向き不向き、得手不得手の世界なんでしょう。
それでもどうしても羨んでしまうことはあるし、
形はどうあれ逃げるように去ってしまった後ろめたさもある。
もしくは、当時の環境や人間に大きな怒りや呆れを抱いている人もいるでしょう。
適応障害は、適応することに障害がある人を指すのではない。
自分と相性の悪い何かと、潰れるまで戦った証拠なのかもしれない。
では。