適応障害になった僕が地方公務員になった理由
こんにちはーぶてぃー。
柚紗雪です。
今日は、適応障害のことではなく、僕のもう一つの側面、
地方公務員をフィーチャーします。
ちょっと長くて熱い記事になったらすいません(笑)。
というか、熱量高いと思います(笑)
僕のストーリーを良かったら読んでってください。
本日の目次はコチラ↓
略歴は見出しにもしたけど良かったらこれも!!
~略歴~
家族構成からいきましょうか。
母方の祖父母、父、母、僕、妹の6人家族で2階建ての2世帯住宅に住んでました。
いわゆるマスオさんですね。父方の祖父母はもう亡くなっていたので、ある程度必然ではありましたが。
割と何不自由なく育ちました。
「やりたい」と言ったことはとりあえずやらせてくれる両親でした。
そういう主義だったみたいです。
嫌いなことは強制しない、好きなことはとりあえず場を与えてみる。
「勉強しろ」も特に母は一切言わなかったです。
母曰く「だって私勉強できないからね(笑)」
父は怖かったです(笑)
なんかもう言葉にできないほど怒ると怖かったです(笑)
父は、「勉強しろ」とは言わなかったですけど、テストの結果が悪いと言われました。
要は、結果が悪いと、なんで?ってなる人でした。
あとは、祖父母と二世帯で一緒に住んでたのも大きかったです。
どうしても世代間の価値観の違いはあります。
でも、だから聞ける話もあります。戦争の話とかね。
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~学歴ときっかけ~
公立小、公立中、公立高校ときて、国立大学に進学しました。
留年、浪人、留学なにもなしです。
で、実は僕が高3の時にかなり色々あったんです。
両親離婚+妹不登校+マンションへの引っ越し
大学や高校の友達からは、よく現役で受かったねと言われましたが(笑)
引っ越しが夏休み期間中だったので、引っ越しの段ボール箱の上で勉強してみたりしました。(笑)
引っ越してからは、マスオさんパターンからマスオさんだけ抜けた状態、
母、祖父母、私、妹
の5人での暮らしが始まりました。
ちなみに、ふんわり言うと、離婚の原因はお金で、
離婚後、我々はかなり経済的にひっ迫した生活を送ることになります。
※それでも生活はできる状況でしたので、本当の貧困の方からすると鼻で笑われると思いますが…。
やりたいこと・買いたいものがやれない・買えない、感じでした。
この高3~大1くらいの時期がのちの僕の人生観にかなり影響を与えたと思います。
あんなに家にいるのが嫌だったのに、
なるべく家にいよう。
と思い始めたのもこの辺り。
~公務員を目指した理由~
では、なぜ私柚紗雪が公務員を目指したのか。
端的に言うと、
公務員の仕事・業務が分からなすぎるから
でした。
普通の民間企業だと、何となく何やってるか分かりますよね?
知識不足は置いておいてですよ。
コンサルとかはピンと来ないかもしれませんが、それでもボヤっとは浮かぶはず。
そして、私の場合、
・片親
・高齢者同居
・不登校
と、いかにも行政というか様々なシステム、助成などで
お世話になっているのに、知らないことだらけでした。
なので、
自分が公務員になって、
税金のこと、福祉のこと、教育のこと、まちづくりのこと…など中のことを知って、
みんなに教えてあげる・知らせる、
その橋渡しになれないか…。
と思って、大学2年生くらいの時には公務員になろうと思っていました。
それで、大学3年の夏から勉強を始めました。
ちなみに、学校に通う金なんてなかったので、ほぼ独学です(笑)
大学も全部奨学金借りて行ってましたから(笑)
第一種も第二種も両方借りてました。
公務員を目指すと決めた上で、なぜ都道府県庁を選んだのか。
~都道府県庁を選んだ理由~
簡単です。理由は2つ。
・色々な仕事に携われる機会が欲しかったから
・ある程度横断的なスケールをもって仕事がしたかったから
です。これを同時に満たすのが都道府県庁しかなかったからです。
この2つの理由が、
国家公務員
市区町村
を選ばなかった理由にそのまま当てはまります。
~国家公務員を選ばなかった理由~
国家公務員になると、職種は何にせよ、
基本的に入った一つの省庁で働き続ける
ことになります。
もちろん、出向などはあるでしょうが、
外務省に入れば、外交関係のことだし、
金融庁に入れば、金融関係のことだし、
どうしても仕事をする分野が限られます。
その点、地方公務員になれば、
税金、福祉、教育、建設、環境、都市整備、企業支援、上下水道…
多種多様なフィールドが用意されています。
色んなことを経験したかったら、異動して行けば良いし、
その中で、これだ!!というものを見つけたら、
そこのスペシャリストになれば良い。
これの選択権を持つことが出来ます。
この選択権を得るために、国家公務員は消えました。
~市区町村を選ばなかった理由~
国家公務員ではなく、地方公務員を目指したのは前段のとおり。
ではなぜ、市区町村ではなく、都道府県庁を選んだのか。
その理由は、
・市区町村に入ると、
その市区町村の中でしか仕事が出来ない。
・何かを解決したいと思った時、
結局市区町村をまたぐことが多い。
と思ったからです。
例えば、教育。
全部公立だと仮定すると、
公立の小中までは同じ市区町村でしょう。
「市区町村立」ですよね?
でも高校になると、
市区町村をまたぐ可能性が一気に増えます。
「都道府県立」ですよね?
我々の生活は意外と市区町村をまたぎますよね。
電車やバスに乗れば。
お買い物だって隣の市のスーパーに行くことだってあるでしょう。
そうすると、
行政として、生活の問題を解決したい、と思った時、市区町村をまたぐ可能性が非常に高いわけです。
だったら、その上、
都道府県庁に入れば、市区町村をまたいで政策を考えることが出来ます。
だから、私は都道府県庁を選びました。
~入庁してから~
入庁してまだ6年目。
この間、一貫して税金の仕事をしています。
ただ、それは私の望んだことなのです。
入って、配属されたのが税金の部署。
それが楽しかったんです。気に入ってしまったんです。
税金と言えば、お金、住民の暮らしに直結します。
行政側から見れば、大きな大きな収入源です。
また、都道府県の税金って、
自動車税以外、結構ピンとこないものだらけなんです。
大事なお金のことなのに、意外と知られていない。
また、ちゃんと徴収しないと、行政の政策も打てない。
やりたかった理念に合ってる!!
と思ったので、今のところ続けています。
~他に抱いた夢~
ここまでが、都道府県職員になった理由でした。
じゃあほかに夢とか、なりたい職業はなかったのか?
あるに決まってるじゃないですか!!(笑)
幼少期:サッカー選手
小学校低~中学年:プロ野球選手
小学校高学年:検事
中学校~高校:公認会計士(税理士)
高校:金融関係
でした。
プロ野球選手は、野球をやっていたのでね。
でも早々に、「プロは無理だろ(笑)」と気づいたのでプロは諦めました。
検事は、結構なりたかった。
ドラマ「HERO」の影響もありますが(笑)、
事件の真相を探る仕事 なので、かなり憧れました。
弁護士は弁護すること。検事は事件の真相を晒すこと。この違いです。
異動がめちゃくちゃ多いと聞いて諦めました(笑)
公認会計士も結構なりたかった。
数字を扱って監督する。これがかっこいいと思ったんですね。
データマンな一面があるので、憧れだった。
これは大学の会計の授業で諦めました。全然できなかった(笑)
簿記出来る人尊敬します。
金融関係は、投資とか株とか経済関連に興味があったからです。
純粋に銀行というよりは、証券とか信託銀行系だったかな。
~最後に~
今は、適応障害になって、病気休暇・病気休職中ですが、
それでも今のところ、公務員を辞めようとは思いません。
理由は、ちょっと書きましたが、入ってなお
仕事自体が好きだから
です。
もちろん、職場環境とか、残念な老害の方々とか、クレームとか、副業禁止とか、
色々、公務員において、デメリットというか嫌なところはありますが、
好きだからまだ辞めないつもりです。
長くなってしまいました。
今度また、公務員関係の記事も書いていこうかと思います。
コメントや、ツイッターなどで絡んでいただけると幸いです!!